アガペ −始まりと歩み−

私は、三重県の田舎町、紀和(きわ)町で生まれました。学生の時、東京で、ロンドン出身のポール・ホームズに巡り会い、結婚し、 さらに主人を通してクリスチャンになりました。やがて2人の息子に恵まれ、家族で20年以上前にロンドンに来ましたが、それから5年後に、 主人が飛行機事故で他界してしまいました。試練の年月をどうにか乗り越えられたのは、信仰があったからです。

第二次世界大戦中、300人の英軍極東捕虜(FEPOWs)が泰麺(たいめん)鉄道(タイとビルマをつなぐ鉄道)完成後に、 故郷紀和町の入鹿(いるか)銅山で使役させられていました。16人が死亡し、土地の人達が彼らのためにひとつの墓を作りました。 1988年にこの墓を訪れた私は、その墓が素晴らしい大理石の墓に変わり、墓地がメモリアル・ガーデンに変えられているのを見て 感動しました。そこには十字架が立ち、兵士たちの名が大理石に刻まれているのでした。私は、そこで働いていたFEPOWsや 亡くなった兵士の家族を探し出したいという強い願いに駆られました。


その願いが叶うまでに4年かかりました。1991年に、罵声を浴びせられながらも、ロンドンで催された恒例の全国捕虜大会に出かけて行き、 そこで初めて彼らがいかに苦しんでいるかを知り、彼らの心の痛みと日本人への強い憎しみを知ったのです。その時、「神はその独り子を お与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びることなく、永遠の命を得るためである」という聖書のみ言葉が浮かびました。 そして、戦争で傷ついた人達の心の癒しと和解のために働くよう、促されているのを知りました。

Keiko Holmes

 多くの困難の後、1992年に最初の「心の癒しと和解の旅」が実行されました。 この時は、ほとんどの参加者が入鹿で働いていたFEPOWsの方々でした。次の回からは、他のFEPOWsを中心に 「癒しと和解の旅」を続け、今日までに200人以上の方々を日本にご案内することができました。 彼らは「憎しみが友情に変わった」と話してくれます。 こうしたアガペの活動を、エリザベス女王がたいへん喜んでくださり、励ましてくださいました。 バッキンガム宮殿でお目にかかれた天皇皇后両陛下からも温かいお言葉をいただきましたが、私には、苦しみの虜になっていた人達の、 明るく解放されていく姿を日々見せていただくことが何よりも嬉しく大きな励みです。 この活動を支えてくださっている皆様に、心から感謝しています。